2026-09-23
昨日は科学大スプリントに参加してきた。ちょっと前に大学名が変わったのでそれに合わせて大会名も変わったのだけど、僕の中では東工大スプリントという名前がまだ馴染んでいる。そこそこ走れたのだけど、階段三つ分くらいの段差を超えるときに思ったより自分が飛べておらずつま先が引っかかりこけてしまった。膝を擦りむいてちょっと痛い。なめらかなコンクリートで転んだので傷は浅いのだけど表面の皮膚が削れているのでそこそこ赤い。流血は全然しないが赤い、くらいの削れ方。宝石の国という漫画があってバトルで体が削れるシーンが度々あるのだが、あんな感じがして遠目に見るとちょっと綺麗だった。転んでから24時間ほど経ったがまだ滲出液がまだ出ている。寝起きは乾いていたがシャワー浴びたら再開しちゃった。さっきキズパワーパッドを買ってきて貼ったのでもう見ることはできない。写真に撮るものでもないかなと思って残さなかったので見るためにはもう一回やらないといけない。それは嫌だなあ。
久々に貼ったキズパワーパッドはでこぼこしていた。人生で膝を擦りむいた記憶はないし、単に記憶から抜け落ちているだけだとしても10は行っていないと思う。僕の中ではレアな経験をした。
転んだ理由がいかにも衰えという感じなのが面白い。まだ、ああ衰えてしまったなあみたいな絶望はない。最近運動していなかったしそれはそうだと感じていて、その横で衰えを象徴するような現象を新たに体験して面白さを感じている。運動しないとね。ここ3週間くらいは忙しくて全然運動できておらず、これから2,3週間、いや5週間くらいだろうか、はゴタゴタしそうである。このシルバーウィークはその間のセーブポイントみたいな時期でまったりしている。
久々に訪れたキャンパスは、そういえばいい場所だったのだなと気がついた。空間に余裕があるのがいい。オフィスは悪くはないのだが、良くも悪くも合理的であって余裕、遊び、ゆとりみたいなものがないように思う。木がいい感じに生えていることや駐輪場が惜しみなくあること、部屋やトイレ、そのほかの設備がまともな状態でたくさんあることが大事なポイントである。設備の利用最適化みたいなことをする気を起こすのは間違いでたくさん設備を作ってメンテする余裕を発揮し提供されることがそこに生きる人には必要なのだと思う。通勤特急の停車駅ではなくて徒歩5分の家に住みたいし、トイレの空き状況をアプリから見られるようにするのではなくトイレを10倍置いてほしい。こういう課題は金銭で解決できる課題であり、解決することでちゃんと幸せに近づく課題かと思う。こういうことにバーンとお金を使えるようにお金はたくさんあると嬉しい。また、そういうことにお金をかける社会に所属することも重要だろう。
10月上旬に引越しをする。会社に近づく、引越し先の街が楽しい、間取りもいい感じ、広い、駅近になる、洗濯機をやっと室内に置くようになるといいことづくしなのだが、家賃が激増してしまう。さっきのセクションはこの引越しの正当化なのでした。破滅はしないだろう金額なのでよしとしている。こういう習慣というか生活スタイルみたいなものって変化を起こしてからそれを許容可能なようにするスタイルと、その分の余裕を作ってから変化を受け入れるみたいなスタイルがあると思っている。話が早いのは前者、事故らないのは後者というイメージ。今回は事故っても再起可能であると信じることにして(ある程度は頭を使ったけど)前者で行くことにした。
そんなこんなでキズパワーパッドがぷっくりしてきた。天気が良かったのは昨日だけだった。そろそろ洗濯物を干そうと思う。